このブログではこれまで、
写真や映像の技術的な話を多く書いてきました。
でも今回、
少し違うシリーズを書きました。
- 上手くなる話でもなく
- 稼ぐ話でもなく
- 機材の話でもない
「続けてきた話」です。
この記事は、そのまとめになります。

なぜ、このシリーズを書こうと思ったのか
きっかけは、とても単純でした。
「このブログ、関係者しか読まれないよな」
そんな言葉を、自分で口にしたことです。
技術記事は必要です。
でもそれだけだと、
どうしても読者は限られます。
そこで、
- 写真や映像が分からなくても読める
- 仕事をしている人なら分かる
- 正解を押しつけない
そんな記事を書いてみようと思いました。

第1弾|カメラとの距離の話
「好きなことを仕事にしたはずなのに、休みの日にカメラを触らなくなった話」
趣味だった頃と、
仕事になった後。
同じカメラでも、
距離感は大きく変わりました。
「毎日触らなきゃいけない」
そんな思い込みを、
一度外してみた話。
第2弾|撮らない時間の話
「撮らない時間も、写真の一部だった」
撮らないことは、
逃げでも、劣化でもありませんでした。
むしろ、
- 頭を休ませる
- 気持ちを整える
- また戻る余白を作る
そんな役割がありました。
第3弾|仕事と生活の境界線の話
「仕事と生活の境界線がなくなったとき、うまく回らなくなった話」
自由な働き方に見えて、
実は一番しんどかった時期の話です。
境界線は、
縛りではなく
支えだったと気づきました。
第4弾|長く続けるために、やめたこと
「仕事を長く続けるために、あえてやめたこと」
頑張るのをやめた話ではありません。
- 無理を続けること
- 全部引き受けること
- 比べ続けること
そういうものを、
少しずつ手放していきました。
第5弾|それでも、今も続けている理由
「それでも、今もこの仕事を続けている理由」
大きな夢や、
立派な使命感がなくても、
- 嫌いになっていない
- 手放す気もない
- 今日も現場に行ける
それだけで、
続ける理由になる。
そんな結論に、
自然と辿り着きました。
このシリーズで、言いたかったこと
一言で言うと、
無理をしなくても、続けていい
ということ。
- 好きなことが、少し重くなっても
- 昔みたいに楽しくなくても
- 立ち止まる時間があっても
それでも、
続いているなら
それは立派なことだと思います。

技術記事の裏側にあるもの
このブログでは今後も、
- 撮影
- 写真
- ビデオ
- 編集
について書いていきます。
でもその裏側には、
- どう続けてきたか
- どう距離を取っているか
- どう向き合っているか
そういう部分も、
静かに残していこうと思っています。
まとめ|私が続けてきた話として
これは、
成功談でも
ノウハウでもありません。
ただ、
続いてしまった人の話
です。
もし今、
- 仕事が少し重い
- 好きだったはずなのに、疲れている
- 続けるか迷っている
そんな人がいたら、
どこか一行でも引っかかれば嬉しいです。







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