帰宅後の「削除作業」が一番疲れる
昔の自分に教えてあげたい…。
思い浮かべながら、気の向くままに書きますので、読みながら整理してくださいね。
野球撮影から帰ると、まずやるのがデータの整理です。
ブレているもの、ピントを外しているもの、タイミングがずれているもの。最初の頃は、そういう写真をどんどん消していました。
容量ももったいないし、残しても意味がないと思っていたから。
確かに、見栄えの良い写真だけが並ぶフォルダは気持ちがいい。
けれど、あるときから違和感が出てきました。なぜ失敗したのか、自分で説明できないまま消していることに気づいたから。
上達が止まっていたと思われる時期
枚数は撮っているのに、写真が変わらない。
ピントもそれなりに合う。構図も悪くない。なのに、何かが足りない。
その原因は、うまくいった写真しか見ていなかったこと。
うまく撮れた写真は、気分がいい。
でも、そこから学べることは意外と少ないんですよね。なぜなら「うまくいった」という結果しか残らないから。
一方で、失敗写真には必ず理由があります。
ブレた理由は?、外した理由は?
例えば、内野ゴロの場面。
ブレている写真をよく見ると、シャッタースピードは足りているのに、自分の体が振られていることが分かります。つまり姿勢の問題。
ピントを外した写真を見直すと、フォーカスポイントが被写体から外れていたり、追いきれずに背景を拾っていたりします。そこには必ず原因があります。
私はある時期から、完全にダメなカットもあえて数枚残すようにしました。次の撮影前に見返すためです。
すると、同じ失敗が少しずつ減った感じがする、自分への教訓として。
完璧なフォルダは、成長を止めるじゃないかな…
弊社のカメラマンにはいつも言うこと。
整いすぎたフォルダは、気持ちはいいですが、振り返りには向きません。
失敗が見えないということは、改善点も見えないということ。
もちろん、すべて残す必要はありません。何千枚も保管していたら管理が大変です。ただ、「なぜ失敗したのか分からないまま消す」ことだけはやめました。
失敗には、自分の癖がそのまま出ます。
焦っているのか、立ち位置が悪いのか、構図に迷っているのか。写真は正直です。
ようやく少しだけ、自分に甘くなれた
失敗写真を残すようになってから、不思議と気持ちが楽になりました。
完璧を目指すのではなく、改善を目指す感覚に変わったからだと思います。
野球撮影は瞬間勝負です。外すこともあります。でも、その外れには意味があります。
削除ボタンを押す前に、ほんの少しだけ立ち止まる。
「なぜダメだったのか」と考える。
それだけで、次の一枚が変わることがあります。



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