最近、あるお客さんに言われました。
「写真屋さんって、やっぱりどこ行くにもカメラ持ってるんですよね?」
……うーん。
そう思われてるのは分かります。
でも実は、僕、カメラを持たずに出かける日がけっこうあるんです。
ええ、写真屋なのに。

■ カメラを持たない日、あります
たとえば休日、天気が良い日。
カメラを首からぶら下げて出かけると、ついつい「いい構図ないかな」と探してしまう。
道端の花も、喫茶店の影も、空の雲さえも、
頭の中で被写体に変換されていく。
それはそれで楽しいけれど、
気づけば、目の前の風景よりもファインダー越しの世界ばかり見てしまうんですよね。
ある日ふと、「あれ? もしかして僕、景色じゃなくて設定値を見てないか?」と思ったんです。
ISOとシャッタースピードに夢中になって、空の青さを忘れてたかもしれません。
■ 写真を撮らないと、五感が勝手に働き出す
だから、思い切ってカメラを置いて出かける日を作ってみたんです。
そしたら、驚くほど世界が広く感じられました。
空のグラデーションがやけに深い。
風の音が心地いい。
街の雑踏の中に、自分のリズムがある。
「撮らない」と決めた瞬間、
世界が静かにシャッターを切ってくれているような気がしました。
しかも、カメラを持っていない分、肩が軽い。
カフェでケーキを撮らずに食べたら、
なんだかやけに美味しかったりして(笑)

■ 撮らない勇気も、写真のうち
カメラ好きの皆さんなら分かると思いますが、
撮影の瞬間って、ある種の狩猟本能みたいなものがありますよね。
いい光を見つけると「逃がすか!」とばかりに構える。
その瞬間を仕留めたい。
でも、たまには逃がしてみる勇気も大事かもしれません。
撮らなかったその一瞬は、
写真には残らなくても、心にしっかり焼き付きます。
後から思い出すと、
「あの光、きれいだったな」って、
ぼんやりとした記憶の中のにじみが、むしろ味わい深い。

■ 写真屋が言う「撮らないススメ」
ここまで読んで、「おいおい、商売あがったりじゃないか」と思った方。
安心してください(笑)
僕は写真が大好きです。
撮らない日があるからこそ、撮る日がもっと楽しくなるんです。
カメラを置く日は、
写真という趣味を、リセットしてくれる時間。
カメラを構えない日があるからこそ、
また次にカメラを持ったとき、
「やっぱりこの瞬間を残したい」と心から思えるんですよね。
■ 「撮らない日」は、撮る心を磨く日
カメラを持たない時間は、感性の充電時間。
風の匂い、街の音、太陽のまぶしさ、
それらをゆっくり味わうことで、
次に撮る一枚が、少しだけ違って見えるようになります。
だから僕は今日も言いたい。
「たまにはカメラを置いて出かけよう」
……あ、でも本音を言えば、
帰ってからきっと撮りたくなるんですけどね(笑)
■ まとめ
カメラを持たない日も、写真の一部。
撮らない勇気も、撮る心の裏返し。
写真屋が言うとちょっと変かもしれませんが…
撮らない時間があるから、撮りたい瞬間が輝く。


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